人質の朗読会

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人質の朗読会  小川洋子著 中央公論新社
地球の裏側にある、一度聞いただけではとても発音できそうもない名前のある村で、日本人観光客8名が乗ったバスが反政府ゲリラにより拉致され人質にされる。いつ解放されるか分からないまま月日がたち、人質達は退屈を紛らわせるために、あるいは思い出をのこすために、1人ずつ自分の掛替えのない思い出を記し発表する時間を持った。最後の人が朗読を終えた時、隠れ家は政府側からの救出が失敗し爆破され、その結果全員は死ぬ。政府軍が忍ばせておいた録音テープが後日偶然見つかり全員の朗読が復元された記述がこの本である。

我々読者は、本の書き出しで全員が犠牲になることを知ってから朗読を辿ることになるので、なんとも苦しい思いにさせられる。

8名それぞれの思い出話は、小川洋子ワールドそのもので、ささやかな人生の一こまのなかに深い思いが満ちている。

人質達はいずれ救出されるであろう希望をもってそれぞれの掛替えのない想い出を語ったのではないか?
いや、そのことは重要ではないかもしれない。
私たちは死ぬ時期を知っても知らなくてもいずれ死ぬ。そんな当たり前のことを意識しないで一人一人掛替えのない思い出を持ちながら生きている。

この8名の朗読を聴く私たちはその掛替えのない想い出とともにこの人は死ぬんだと分かっていてとても苦しい。
この本は読んで切なくて苦しくなる。

時は今、東日本大震災で1万5千人以上の人々が1瞬にして亡くなったという現実と向き合っている。
そしてその人々は1人ずつ掛替えのない思い出を胸に持ちながら亡くなった。一つとして同じ思いではない。みんな違う。1万5千件の掛替えのない思いが断ち切られ葬られたという重みが否応なく浮かび上がる。

著者の小川さんは、震災のあとのインタヴューで「私たちは、亡くなった人々の生きた証の受け取り手でありたい」と話しておられた。

まさに死者への鎮魂の書であった。

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