2011年3月アーカイブ

「八日目の蝉」 角田光代著 (中央文庫)   

蝉は地中で10年ほど暮らしたのち地上に出て7日で死ぬといいます。そこで死なないで「8日目を迎えた蝉」の運命は、、、。というのでしょうか?面白く読みました。

不倫相手のところに押しかけて6ヶ月の赤ちゃんを盗み出し、自分の子どもとして慈しみながら育てる希和子の逃亡生活の4年間。母子手帳もなく保険もなく怯えながらの生活。何度か危機を脱しながら最後に辿りついたのが小豆島。そこでとうとう誘拐犯として捕まってしまい偽の母娘の関係は終わります。

そこまでが蝉の地上での7日間かな。

それから17年後。ここからが8日目の蝉ということか。

娘の恵理菜は4歳で突然本当の父母と暮らすことになり当惑しながら成長するのですが、実の父母の仲は悪く家庭は荒れていて、偽の母娘のほうが愛が通い合っていたといえる関係だったのだけれど、恵理菜はその時代のことは全く覚えていないのです。そのあげく育ての親と同じようにダメ男と不倫して子どもを身ごもってしまった恵理菜の苦悩。

女・母性・娘の本性を、希和子と恵理菜が出会う人々を通して炙り出されるドラマティックな展開にひきつけられました。

それと男の登場人物は不倫相手の2人だけというのが面白い。とにかくダメ男です。

この本では男という存在はまったく当てにされずもう無視されています。

ダメな男に翻弄されながら真摯に人間を生きる女達の話ともいえます。

不倫や生みの母と育ての母というテーマは小説としてよく取り上げられているけれど、希和子の逃亡生活となる舞台が意表をついていて珍しくて奥が深く感動させられました。

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「サバイバル」 さいとう・たかお著 リイド社 (1巻~7巻)  

35年も前の1976年~78年にかけて週刊少年サンデーに連載されたマンガです。

単行本になった「サバイバル」を手にしたのは25年ほど前、息子が買ってきました。

あらすじは、主人公の少年鈴木サトルが友人達とキャンプに行って洞窟探検をしているときに、突然の大地震に襲われることから始まります。気を失ったサトルが気がついたときは、周りには誰もいなくなっていて、景色は一変しています。陸続きだったはずの土地は水没し、周りを全て海に囲まれた島になっていました。彼は生き別れた家族を探しに東京に向かって歩き始めます。生き残るために様々な知識や技術を身につけながら、時々出会う生き残りの善人悪人さまざまな人々との交流を交えて描かれる究極の手に汗握る少年のサバイバル漫画です。

夏の山荘に遊びに来る人はみんな夢中になって読みました。起こりえない事として読みました。山に自生するキノコや木の実をこれは食べられるとか、口々に言って話が盛り上がったものです。

ところがそれから10年後の1995年。阪神淡路大震災に遭遇。

ええっ!起こりうる!とまたまた恐怖に駆られて読み返しました。今度は他人事と思わずに。

それから又16年後の3月11日。東日本大震災。大津波。話す言葉も見つかりません。

作家さいとうたかお氏は30年も前に震災や津波で都市が壊滅することを想定されていて凄いです。漫画家って凄いなあと思います。今回は、もっと怖ろしい原子力発電所の損傷があります。

さいとうたかお氏は現在岩手県にお住まいと聞いています。今回の地震津波災害を体験されたはず。どんな思いを持たれたのか聞きたいと思いました。

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役にたたない日々」佐野洋子著  朝日文庫                                                         
佐野洋子さんの本は、母と娘の葛藤を書かれた「シズコさん」(私の本棚に2009年2月1日に紹介)が初めてでした。正確に言えば「100万回生きたねこ」をその前に昔読んだはずでしたが詳しく覚えてなくって「シズコさん」を読んでから読み直しました。

その後、「あれもきらい、これも好き」(私の本棚に2010年11月24日に紹介)を読み、「おれはねこだぜ」という絵本を読み、私とはかなり違う感性を持っておられる方だなあと魅力を感じていました。

5~6冊読んだだけで決め付けてはいけませんが、佐野洋子さんに持った感想は、現実の生活を楽しく受け容れながらも満ち足りた思いを持ったことのない方ではないかということです。<幸せを感じるのに罪悪感を持ってしまう>と言うような感じ。もちろん私の勝手な独断と偏見です。

今回、若い男友達のお母さんが佐野洋子のファンだと聞いて興味をもち、著者が癌で亡くなる最後のエッセイ集「役にたたない日々」を求めて読みました。

「役にたたない日々」という題名からもわかるように、癌を患いあと2年の命と宣言されていても、それがラッキーと淡々と受け入れ、日常の生活の中にまみえる掛替えのない大切な思いを、むしろ淡々と「役に立たないつまんないことだけれど、、、」といったノリで書かれた深い思いの籠もったエッセイです。

でもでも、彼女の言葉のいいまわしかたにはついていけません。例えば<泣いたら腹がすいたので、タッパーから野菜をどんぶりにとりわけてドレッシングをかけて食った。・・中略・・しかしこれ食いきるのに1日半、5回は食わねばならんなあ。>

私は食べ物を<食う>と話すことないのだけれど、、、<食う>という女友達も周りには1人もいないのだけれど、、。

<子供の頃は庭でしゃがんで小便をすると小便の勢いで地面に穴があいた。その穴に蟻がおぼれたりすると本当に嬉しかったものだ。>

実を言えば私も同じ体験をしたことがあり情景は分かるのだけれど、<庭でしゃがんで小便をすると小便の勢いで地面に穴があいた。>などという言い回し方は絶対に出来ないわ。

佐野洋子さんは谷川俊太郎と結婚されたことがあるのだけれど、彼との会話の中でそんな言葉使いをされていたのだろうか?それともエッセーではわざとガラの悪い言葉を書かれているのだろうか?

色々興味をそそられる作家である。


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