2009年8月アーカイブ

「天命」 五木寛之 著
私は、「人事を尽くして天命を待つ」という言葉を、昔から座右の銘にしている。
人事を尽くして努力した結果は、天命なのだから喜んで受け入れるという生き方である。

たとえば息子たちの受験のときも何度もその言葉を使ったものだ。
バザーの売れ上げ結果が多いときは勿論少なくても天命と思い感謝して受けいれる。

客観的に見て結果が悪くてもがっかりはするが後悔しないので、夫に言わせると何事にも反省がなく向上心に欠けるそうである。
<人事を尽くす>といっても、他人から見ると、とても人事を尽くしているようには見えないこともあるようで人をいらだたせることも多々あるが、それは仕方がない。私にはそれだけの技量しかないのである。人の期待に添えなくても仕方がないと諦めが早い。

さて、五木寛之の「天命」の視点は、私の捉え方とは同じようでもあり少し違うような感じもしました。彼によると、天命は目に見えない天(神)の絶対的な意志のようなもので、天命を自分の心の中に置きながら生きるというように使っています。

天命(神仏が示す使命)を深く探りながら生きることを願う五木寛之と、良心に従って生きればそれが天命と安易に信じる私の相違を感じました。
その違いは、戦争中、国のために命を捧げる事が天命と強制的に押し付けられた経験があるか無しかの違いからくるかな思いました。

宗教的感覚(目に見えない世界があるという感覚)が現代求められているということを真摯に告げている深い書物でした。


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阿弥陀堂だより 南木佳士著
心が静まり心があったかくなるいい本だった。

背景になる谷中村は7つの小さな集落からなる周囲を山に囲まれた過疎地である。
その地で親から見離され祖母に育てられた上田孝夫は、再婚して東京に住む父親の元に、高校から勉学のため行く。その頃学園紛争が起こりそれについていけない孝夫は同じ思いを抱いていた同級生の美智子と心が通じあう。
美智子は国立大医学部に進学し医者に、孝夫は作家への夢を追い私立大文学部に進学し売れない作家となる。経済的には美智子に頼ることになるがお互いを尊重しあう二人は結婚する。医学界で華々しく活躍する美智子を支える孝夫は自然に家事を請け負うようになり、それなりに幸せな生活を送る。ところが美智子の妊娠から死産で美智子は精神的に病気になり、孝夫の生まれ故郷の中谷村に移ることに決める。
美智子はその村の診療所で月・水・金と働きながら生活で壊れた心を蘇らせてゆく。

この村には、村人たちが昔から守っている阿弥陀堂があり、そこに住む96歳になる堂守のおうめばあさんを通して、地球のほんの小さな片隅で、[手をつなぎあって人間らしく生きる]という、そこにはピラミッド型の上下関係は一切なく、それぞれの持ち味・タレントを尊重しながら輪になって作る世界の清らかさを私に教えてくれました。

この本は映画化され、ロケ地に保存されている阿弥陀堂の横を偶然通ったことがあり、イメージをリアルに感じ取れたことも嬉しかった。

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